富士見スネークスとして、最後の表彰・・・
「ジュニアカップ」の敢闘賞。

チームの主砲・健太に。

彼は入部してから・・・
3・4年で左右の両くるぶしを骨折しました。
骨折と気付かずにプレーを続け、最後はパンク(汗)。これは、正に親の管理・監視の怠慢でした。注意力不足でした。申し訳ない。
5年時は、両くるぶし骨折の影響で足をかばう動きを常としてしまい・・・「ねんざ」を
癖にする体質となっていました。
何度繰り返したでしょうか・・・。

さすがに、整形外科病院のリハビリで「歩き方」から修正が入り、今もなお、通院中です。

6年になり、徐々に足首の具合が良くなってきた矢先の、5年時後半から続く「オスグット病」の悪化・・・。

夏・冬共、オール小平に選抜されるも・・・躍動する他の選手を横目に別メニューの日々。
自チームでも別メニュー。

野球に対するモチベーションが下がっていたのは目に見えて分かりました。
「何で自分はまともに動けないんだ!!」
「俺は・・・何してんだ!!」
目が語ってました。

北多摩大会・準決勝・・・、先発で出れず、代打でも凡退。まともに一塁に走れなかった。

敗戦後、誰もが淡々としていた中、悔しさが・・・自分の不甲斐なさが悔しくて
グラウンドを見つめながら、みんなに、それを隠すように何度も何度も涙を拭う姿を
監督は見ていたよ・・・。
お前の悔しさは、俺の悔しさでもあった。4年間、万全な体調でやらせてあげられなかった。

俺の責任だ。まともに、君の事を見てあげられなかった・・・俺の責任だよ。

健太!!
でも、今が全てではない!!

お前の足は必ず良くなる。
学童野球ではまともにプレー出来なかった君だけれども、
次のステージで雪辱を晴らせば・・・良いじゃないか!!
まともに動かせなかった下半身だったのに、年間10本以上のホームランを打ってきたじゃないか!!

折れるなよ・・・お前の「心」、折れるなよ・・・「野球への情熱」。

そこを励ますための、「敢闘賞」だ。
次に爆発出来る様にの、「敢闘賞」だ。  頑張れ、頑張れ!!

さぁ・・・次のステージでリベンジするぞ!!

勿論、俺も付き合う!!

最後の敢闘賞・・・その意味。
誰もが・・・納得してくれる「敢闘賞」だ。